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カテゴリ:フランソワーズ・アルディ

  • Je N'attends Plus Personne
    [ 2006-07-08 18:01 ]
  • さよならを教えて
    [ 2006-06-29 20:48 ]

 

Je N'attends Plus Personne


EPL8290 おフランスVOGUE 1964年
A面 1. JE N'ATTENDS PLUS PERSONNE(Meccia-Ciacci-Hardy)
2. TU NE DIS RIEN(F.Hardy)
B面 1. PAS GENTILLE(M.Wilde-F.Hardy)
   2. PARS(F.Hardy)

ジャケット写真がとっても素敵なフランソワーズ・アルディさんの1964年に発売された4曲入りコンパクト盤。「JE N'ATTENDS PLUS PERSONNE」は珍しいロッカバラードで、ほどほどに力強いアルディの歌声を聞くことができます。バックで調子っぱずれの奔放なギターを弾いているのはジェフ・ベック先生(!)64年ということはヤードバーズ加入以前の録音でしょうか(正確なことはわかりませぬが)、ご両人とも1944年生まれの同級生、当時まだ20才、若いです。ヤング・ジェネレーションというやつです。先生お得意の鮮やかな三連プリングオフ下降フレーズもチラっと聞けます。


JE N'ATTENDS PLUS PERSONNE ♪

ジュ ナットン プリュ ペルソンヌ ノン ジュ ナットン プリュ ビヤ〜ン

by mokki_h | 2006-07-08 18:01 | フランソワーズ・アルディ 

さよならを教えて


ECPB-235 CBS・ソニー 500円
A面 さよならを教えて COMMENT TE DIRE ADIEU (It Hurts To Say Good Bye)
B面 もう森へなんか行かない MA JEUNESSE FOUT LE CAMP

昼下りの優しさ、アルディはアンニュイな愛の妖精

 フランソワーズ・アルディ、1944年1月17日、フランスはパリの生まれ。中産階級の家に育った彼女は、学校の成績もかなり良かったといいます。アルディが作詞作曲を始めるきっかけとなったのは、大学入学資格試験に合格し、母親からギターをプレゼントされてからのことです。これが彼女16才の時、歌の世界にひかれていったアルディは、ソルボンヌのドイツ語の教職課程で勉強すると共に、プティ・コンセルヴァトワール・デゥ・ラ・シャンソン・デュ・ミレイユで2年程歌の勉強もしています。 そして17才の時、ヴォーグ・レコードのテストを受け、ディレクターのジャック・ウォルソーンに認められ、1962年、18才の時に契約、同年6月「男の子と女の子」の大ヒットで一躍スターダムに上りました。そしてその翌年には「すてきな日」がACCのディスク大賞も受賞、彼女の人気は、フランスからイタリー、ドイツ、イギリスからカナダまで急速に広がっていました。フランソワーズ・アルディは、幼い頃から文学少女でもありました。ボーボワール、ロマン・ローラン、バルザック、カミュ、ジュリアン・グリーンなどを読み耽っていたといいます。アルディの作詞における素晴らしく詩的なセンスは、少女時代から文学書に親しんでいたということも強く影響しているのでしょう。

★さよならを教えて
 アルディの魅惑的で、けだるいような語りも入った、セルジュ・ゲンズブール作の軽快な曲です。全体に流れる爽やかなタッチとアルディのアンニュイな感覚がたまりません。

私のこころは火打ち石
すぐに火がついてしまう
でもあなたのこころは耐熱ガラス
恋の炎に侵されない
困っちゃった
もうさよならなんて言えない


★もう森へなんか行かない
 ロマンティックなフランソワーズ・アルディの世界がそっと包みこんでくれます。「さよならを教えて」同様アルバム「フランソワーズ」(ECPM-24)に収められています。美しくも傷つきやすい青春を歌った愛のバラードです。


夕暮れの街角 のぞいた喫茶店〜

by mokki_h | 2006-06-29 20:48 | フランソワーズ・アルディ